【Pioneer’s Session VOL.4】住田志衣奈 × 星享汰 × 津村絵美子 <前編>
平素より慶應ラクロスへ多大なるご支援、ご声援をいただきありがとうございます。
第4回となる今回は、慶應ラクロス部を支えるスタッフから「マネージャー」をテーマに、卒業生からは住田志衣奈さん(2008年卒)、星享汰さん(2020年卒)、現役部員からは津村絵美子(4年)に参加していただきました。
今回は前半の様子をお届けします。
ぜひお楽しみください。
自己紹介をお願いします。
住田さん:
初めまして、住田志衣奈と申します。
2008年度卒でマネージャーをしておりました。ラクロス部のマネージャーになったのは、入学して新歓中に何かスポーツ系の部活入りたいなと思って探していた時に、先輩方が日本一を目指してるってというのを聞いて、その日本一という言葉が自分にとって本当に未知の世界でした。そこにぐっと興味を持って、足を踏み入れたという感じです。
よろしくお願いします。
星さん:
初めまして、星享汰と申します。
一応、2020年卒の代なんですけど、自分自身は大学5年生をやってるので21年度卒です。実は1年生の時プレイヤーをやっていました。当時はもうシンプルにスポーツやりたくて、その中でもラクロス部は結構真面目にやってるところが魅力的でした。元々サッカーをやっていたんですけど、体育会サッカーは強いし、サークルで合うところはなくて、先輩や同期とかが一緒に入るってなった時に、すごい真面目に日本一を目指しているところに惹かれて入部しました。
そこからマネージャーになった経緯は、今は使われていないですけど1年生の時、丸子橋っていう多摩川沿いのグラウンドを使っていて、諸事情があって使えなくなり、グラウンドの確保が大変で。スタッフの人数も足りなくなった際に、プレイヤーとしても伸び悩んでいたので、マネージャーに志願しました。
本日はよろしくお願いいたします。
津村:
初めまして、津村絵美子と申します。現在、マネージャーリーダーをしています。
ラクロス部のマネージャーになった理由は、元々団体スポーツとかもやったことなくて、ずっと個人スポーツだったりダンスをしてきた上で、大学4年間はみんなと何かに全力でやりたいっていう思いを抱いていた中で出会ったのがラクロス部でした。元々スポーツがあんまり得意な方ではなかったので、その中で自分が貢献できることなんだろうって考えた時に、やっぱりスタッフっていう立場なのかなっていうのが当時思っていました。
ラクロス部のスタッフはすごく主体的だし、選手とスタッフが自立した関係でお互いを高め合ってるなっていう印象を受けて、個人的にマネージャーは選手のお世話係みたいな印象があると思うんですけど、その中でもラクロス部はしっかりと自分で考えて自分なりの行動をするのを見て、すごいかっこいいな、自分もこうなりたいっていう風に思ってラクロス部に入部しました。
今日はよろしくお願いします。
当時の様子を教えてください。
住田さん:
私の時は当時、部員は80人くらいでしたね。私の同期は24人でした。当時はスタッフが今みたいに分業してなかったので、外部のプロのトレーナーにお願いをし始めた頃だったと思います。なので、マネージャーと言っても、本当にテーピングとか、アップとダウンみたいなトレーナーのような役割とか、 アナライジングスタッフとまではいかないですけども、スコア取ったり、ビデオ撮ったりとか、そういうことも幅広くやっていました。だから、今マーケティング部門とかがあるっていうのを聞いてびっくりしました。 星くんの時はもうだいぶ分業化してたのかな。
星さん:
はい、そうですね。僕の時はトレーナー、マネージャー、アナライジングスタッフっていう3部門がありました。でもトレーナーとマネージャーは一緒にグラウンドで仕事するので、 結構お互いの領域はこうきっちり分けてるとかではなく、手伝えるとこは手伝いながらっていう風な形で仕事していましたね。確かにマーケティング部はすごいですね。
住田さん:
津村さん、今はまた変わってんのかな。
津村:
今は基本的にスタッフごとに仕事は分かれていて、マネージャーは練習中のメニュー笛吹いたり、データ取ったり、 メニューの進行をしていて、トレーナーがテーピングであったり、アップダウンやリハビリの人を見てたりとか。アナライジングスタッフが練習中のビデオ撮影したり、スプライザのタグ付けを行ったり。あとは結構試合中のフライ管理とかをASの子とかが率先してやってくれることが多いかなと。
マーケティング部門はそのスタッフや選手の中からやりたい人でまた形成された新しい部門というか、1つの方式になってるっていう現状です。
星さん:
すごいですね。
住田さん:
すごいよね。進化してるよね。
星さん:
スプライザをまだ使っているっていうのはちょっと嬉しいですね。
僕の代でスプライザを導入したんですよ。
住田さん:
その直前に私も2018年の日本代表でスプライザ使ってて、久しぶりに聞いて懐かしい。
津村:
ちなみに分業っていつくらいから始まったんですか。
星さん:
僕の3つ上の時はすでにやってました。
住田さん:
私の3つ下はまだやってなかったな。
星さん:
13、14、15年ぐらいですかね。
住田さん:
ぐらいだろうね。
今、スタッフ全員で何人ぐらいいる?
津村:
30人弱くらいです。
住田さん:
え!すごい多い!
星さん:
それはすごい!
住田さん:
部員全体で何人くらい?
津村:
部員全体は140人ぐらい居ます。
住田さん:
そのうち30ぐらいがスタッフなんだね。それはすごいね。
津村:
手厚いサポートをしています笑
当時、どのような立場で部に関わられていましたか?
住田さん:
部の関わり方ね、どんなお話がいいかな。
なんか、それこそ津村さんも言ってたけど、お手伝いをするみたいな、多分漫画のイメージが世の中にはあると思う。私は最初からではなかったけど、お手伝いっていうよりは、選手のポジションと同じように、アタックとゴーリーで役割が違うのと一緒で、その中の1つにマネージャーとかトレーナーとか、そういうポジションがあるぐらいの、プライドを持ってやるようになると、自分でもすごく組織とかチームに対する自分の存在意義の出し方とかっていうところが、考え方がかわってくるし、面白くなってきて、 そこは意識してたかなって思いますね。プレーのことの詳しいことまでわからないけど、チームの作り方とか、準備の仕方とか、自分でもこう、意見を持てるところは、なるべく積極的に言うようにしてたかな。
星くんは選手の経験もあるから、それは羨ましいし、強いなと思う。
星さん:
そうですね。僕の頃は本当に男性スタッフが入り始めたくらいで、僕が1年生の時の4年生くらいから、 少しずつ増えてきたっていう感じだったので。
スタッフの関わり方としては、プレイヤーの経験があるっていうのは、やっぱりすごい強みだったというか、手助けできる部分だったので、例えば審判の判定とか、たまにパス出しとかもやってたりしたんで、それは変な例ですけど。 仕事の仕方は、もっとプレイヤー目線っていうのを活かしてなんかやろうと思ってました。
マインドの部分は志衣奈さんが言った通り、いかに自分事にできるかっていう、やっぱどうしてもゲームの中が1番の舞台で、そこに関わることは絶対ないので。メンタルをどう持ってくかなっていうのは、 当時は課題だったなって思います。
僕の場合はどうしてもコンプレックスみたいなのはやっぱり今振り返るとあったんだろうなっていう風に思うので。選手としてできなかったから、じゃあそこで腐ったらダメだなみたいな意地でやってたなっていうのはありますね。
現役のご意見もぜひ。
津村:
私は、結構マネージャーとかスタッフの立場ってすごい難しいなってずっと考えていて。
やっぱり試合に直接貢献することはできないじゃないですか。その過程の部分で、先ほど
おっしゃった存在意義でプラスアルファのものをチームに貢献できるか。受け身になるのではなく、スタッフっていう客観的に組織を見れる立場だからこそ、できることであったり、プレー以外の部分で色々、もっとこうした方がいいとか、多分たくさんあるので、それを広い心と広い視野を持って取り組んであげることがきっと部には必要だなっていう風にずっと4年間考えてきてました。
私、結構スタッフの中では多分熱い方で、グラウンドでも結構声をあげて色々言ってるんですけど、だからこそ審判とかも、ラクロス経験は0ではありつつも、すごく頑張ってみたり、トップチームの練習試合を吹けるようになりたいから、めちゃくちゃ色々なとこで知識蓄えて走って。色々なことをしてみて自分なりに、選手の努力には全然比べ物にならないかなと思うんですけど、スタッフとして 4年間通じて成長していきたいな、最後日本一を選手と一緒に笑って迎えたいな、掴みに行きたいなっていう風に思って普段活動をしています。
住田さん:
素晴らしいね。
自分が意識していた”理想のマネージャー像”はありますか?
津村:
理想のマネージャー像、なんか結構難しいですね。
住田さん:
うん、難しいよね。
津村:
私が1年生だった時の4年生とか3年生とかはもう本当になんでもできるし、 ラクロスも知ってるし、もう全部パパパパパってやってくのかっこいいなと、当時の目標だと思ってました。
自分は結構不器用なところが多くて、いろんなとこで最初は全部ミスっちゃうみたいな感じで、 それこそ同期のマネージャーはこんなうまくいってるのに私だけ全然できてないなとか、声全然大きくないじゃんとか色々大変だなと思ってました。あとマネージャーっていつも客観的に落ち着いて冷静に対応できるおしとやかな人がいいなみたいな、勝手に理想では思ってるんですけど、私はやっぱ緊迫した状態になると、身近な話だと撤収時間短くなってる時とかに、選手がもたもたしてる時は怒鳴りつけちゃうので、そういうところはまだまだ自分の人間性とか心の余裕がちょっと足りてないなっていう風には個人的には思ってますね。これが答えなのかはわからないんですけど。
星さん:
それは選手が悪いね笑
津村:
本当ですよね笑
住田さん:
難しいよね。そうだよね。
星さん:
もうでも、18歳はもう成人ですからね。それぐらいやってほしいね。
住田さん:
そうなの。できるはずなんだけどね。
津村:
ゴミとか全部置いてって。
住田さん:
今でもそうなんだ笑
津村:
ほんとすごいですよ。もうテーピングから、おにぎりのゴミから何まで全部置いていくんですよ。
住田さん:
昔から変わらないね。皆さんよく読んで反省してください笑
津村:
当時からそんな感じだったんですね。
住田さん:
なんか変わらないね。
マネージャーがそういうのをやってくれるって思われてるところもやっぱあるのかなって。
そこがまさにこう、ギャップだったかもしれない。
なんかお手伝いしてくれるというか。最初私も入った時は役に立ちたいと思ってなんでもやってた。でもそうすると余計悪循環になっちゃってた。
途中から関東ユースとか日本代表とか、慶應以外の場所に行く機会を自分で作って、どんどん外に出て行ったんだけど、そうすると他のチームってこんなやり方してるみたいなところから、 慶應のいい面もそうでない面もすごく見る機会が多くなって、そういうところから少しずつ、自分がなんでもやることが全てじゃないというか。
本当に自分がやるべきことをちゃんと整理して選手と向き合うというかね。ギャップ埋めるっていう点でも頑張ったとこだったかもしれないな。
星さん:
そうですね。確かに他の大学のやり方とか聞くと、すごい刺激になりますよね。
住田さん:
刺激になるよね。自分たちで備品準備して、当然ゴミ拾いとかも自分たち以外の、そこで見つけたゴミも拾って帰る選手たちもいて。社会人になってからだけど、日本代表とかだと学校の先生とかしながら選手やってる人たちもいて。やっぱりそういう人たちってこう、手本になるような行動がすごく見られて、 素晴らしいなって思ったりすることが多かった。
星さん:
そうですよね。僕はプレイヤー側だったんで、何もやってくれないってことに関してギャップは全然なかったっていうのがあるんですけど。自分で言うのもなんですけど、僕はちゃんと動くタイプの選手ではあったんで、こいつら全然仕事しねえなとなボールアップとか全然しないなって思いながら選手やってて、そっからマネージャーになったので、動かねえなっていうのはありましたね。
理想のマネージャー像とかって言われると、当時思ってたのは、結局ラクロス部の1番重要な所って、試合に出てそこで結果を出せるのって選手だけなので、 本当に理想は、選手がラクロスだけにフォーカスできたら最高だなっていうのはあって、これも僕の1個上の先輩とかが言ってたことで、確かにそうだなって思ったことだったんですけど。それが理想としてある中で、やっぱギャップって言うと、その理想を求めちゃうと、仕事はいくらでもあるので、そんな状況にはできないっていうところがギャップとしてありました。仕事の多さに忙殺されて、プレイヤーに多少は負担してもらわなきゃいけないみたいなところとかは、結構ギャップがあったかなという風に感じますね。
前半はお楽しみいただけたでしょうか。
後編は一週間後の12月8日の投稿を予定しております。
乞うご期待ください。