【日記リレー4年中村洋一】
我らの代のモラル番長こと中西陸くんからバトンを受け取りました経済学部3年中村洋一です。陸、いつも厳しくしてくれてありがとう。
4年生の流れで3年生が来るなんてなんだか不思議ですね。世間はこの時空の歪みを留年って言うそうですよ。
今年は自由に書いていいそうなので、私の悔しかったことを2つ紹介します。
一つは昨シーズンのBリーグです。
私は昨シーズン、BのメンバーとしてBリーグで優勝することを目標に掲げていました。Bリーグに出場することはできたものの、最終的には後輩や同期等に追い抜かされ、優勝時のグラウンドにはユニフォームを着ている自分は居ませんでした。複雑な気持ちでBチームを応援していました。試合が終わりチームが優勝を決めると、みんながユニフォームを着て記念撮影を始めました。写真に写る自分はサーマルを着ていました。そのことがとても悔しくて情けなくて、涙があふれてしまい黙って帰りました。東戸塚の街を自転車で嗚咽しながら駆け抜けたのが今でも忘れられません。
このときの私はどうも自分の実力を過大評価していたと思います。これはみんなに反面教師にしてほしい経験です。なぜ自分がそのチームにいるのか考えればわかることです。周りからは評価されていない、それが答えなのです。
自分で言うのは少し恥ずかしいですが、ここ最近私がちょっと上手くなった要因の一つに自分の実力と向かい合ったことがあると思います。Aチーム以外の選手は自分が下手であることをまずは認めましょう。きっと難しいしつらいことであると思います。自分は大野と中居にフィードバックをもらいそれを受け入れることで自分の実力と向かいあえたと思っています。これができるようになるのに3年間もかかってしまいました。遅いです。
皆にはこうなってほしくない。
早いうちから自分の実力と向かい合ってほしいです。
二つ目は、今シーズンぶち壊し会にて自分の取り組みを否定されたことです。
わからない後輩のために説明をすると、ぶち壊し会というのは腹を割って本音で各々の思っていることを話すという会です。
5月の初め、私は4年目という立場にも関わらずCチームにいました。そこで、当時の私の現状を話していると悔しくて泣いてしまいました。同期には今の自分の立場がチームの日本一には一切貢献していない、活動の仕方を見直したほうがよいと提言されました。本当に悔しかったです。
そこで私は選手をやめコーチになることを考えました。ポジションリーダーの中居、コーチの大野、何でも話せる真面目ちゃん寛紀に相談もしました。辛い決断をして選手をやめ、コーチやスタッフになった同期たちは目に見えてチームが日本一になるために貢献しています。彼らの貢献度に比べたら自分なんて何もしていないし、本当に彼らに失礼だなと思いました。本当に迷いました。
そんな迷っていた時期に、大坪さんという自分が1年生のときに4年生だったミディリーダーの言葉を思い出しました。最後まで自分は自分を信じ続けろというものです。みんなは自分がAチームに行くことは不可能だと言っていました。しかし、私だけは私を信じてみようと思いました。私のわがままではありますが、選手を続けようと決心しました。
私は選手の道を諦めた人たちに本当に感謝しています。彼らのおかげで私たちの今の活動があります。私の勝手ではありますが、彼らの思いも背負って選手を続けます。目標はAチームに入って活躍することです。中村洋一が必死に足掻き続ける姿を見て後輩たちには何かを感じ取ってほしいです。
長くなってしまいました。読んでくれてありがとう。私の話はここら辺にして百戦錬磨の就活戦士にいのにバトンを渡します。就活のことはこいつに聞けば間違いないらしい。来年居残り頑張ろうな。